飼い主はんと背後霊君

~これは飼い主はんと背後霊君の青春群像ドラマなのである~

不審者

飼い主はんの朝は早い。3時半に起きて4時半にはアパートを出る毎日。

真冬の一月は一年間で一番日の出の遅い時期。明るくなるまで2時間近くある外はまだ闇の中。

出歩いてる人もまばらで、工場に着くまでに5人見かければ「今日はやけに人が多いな」と感じるほどに、人とすれ違うことはあまりない。

今日はコンビニに寄ってから工場に行くつもりだったので、いつもは通らない回り道をしたのだが、

マンションに挟まれた街灯の無い薄暗い道を歩いていると、前方に人影が。

5時には始発列車が所沢駅を出るので、ちょっと早めに駅に向かう人かもしれない。

その人影は道の左側にいるので、俺は右側に寄った。

そのまま歩き、人影と20mぐらいの距離となった時に、人影は予想しなかった動きに出た。

真っすぐ歩いていたはずが、途端にこっちに向かって来たのだ。

 

この瞬間脳裏に浮かんだのは、数日前に見たニュース。広島の安佐北区で通り魔が出たという。

あれも確か夜と朝との違いがあるとはいえ、真っ暗な時の出来事だったはず。

そういえばアイルランドでも日本人が通り魔によって殺害されていたっけ。

広島、アイルランド、そして今度は所沢か……。

そんなこと考えているうちに人影はこっちにどんどん近づいてきた。

男だ。髪はモジャモジャで顔はヒゲだらけ。

「進ぬ!電波少年」で懸賞生活をやっていた時のなすびのような風貌だった。

明らかに怪しい。完全に不審者。

絡まれるのかな?いや、先のT字路を左折するために早めに動いただけかもしれない。

だが男は完全に俺の顔を見ていた。俺に用事があるようだ。

終わった。俺の人生通り魔でアウト。俺の人生の目標は親より一日でも長く生きることだったが、叶わぬ夢だったか。

さよなら大阪の親。先に天国行って、10年前に死んだ犬と一緒に待ってるよ。

ああ、回り道さえ、回り道さえしなければ……。

 

「すみません、これから車でご出勤ですか?」

 

男が俺に問いかけてきた。予想もしなかった質問に、一瞬戸惑った。

どうやら通り魔ではないらしい。が、まだ警戒は解かない。

俺が否定すると男は

「これから車に乗ってお出かけですか?」

と聞き直してきた。車の部分ではなく、出勤の部分を否定したと思ったのだろうか。

いや歩いて出勤してる途中だと言うと、男はため息をついてから説明を始めた。

 

「実は寝てる間に彼女がコンビニの駐車場から車で出てしまったんですよ。追いかけようと思ったんですがもうどこかに行ってしまったんです。もしこれから車に乗るのなら一緒に乗せていただいて家まで送ってほしいんですけどダメでしょうか?」

 

要約すればこんなことを言っていたのではないかと思う。

だが男は動揺してるようだし、こっちは警戒してるしで、

正直何言ってるのかさっぱり分からなかった。

悪人ではないようなので徐々に警戒は解いたが、代わりになんだかイライラしてきた。

こっちは仕事溜まってるから早いこと工場に行きたいのに足止めしやがって。

 

「じゃああの電車に乗りたいんですけど、財布持ってないんですよ。

 ですから340円ばかりお貸しいただけませんか?」

 

それが本題か?わけわからん話で混乱させて少額の金を奪う手口か?

通り魔を彷彿させる風貌やそれにびびった自分自身に腹が立ったので、

いや自分もお金持ってないのでと言ってそそくさとその場を立ち去った。

その後、お金くれなかったことを根に持って工場まで尾行して来ないか後ろを警戒し、

そして工場に侵入してこないよう厳重に鍵をかけてから仕事を始めた。

今思えば1000円あげて、「神様 仏様 飼い主様」と俺を崇める人がこの世に1人いるのだと優越感に浸るのもよかったかなと思う。

 

今日の教訓

人間って見た目が大事